紆余曲折の真相

時間があるので、曖昧にしていた
研究室決定の経緯でも書こうかと思う
いつも長い内容がさらに長いのでご用心


うちのクラスと俺の配属された研究室の関係
それを語るには、去年の春までさかのぼらねばなるまい・・・
僕らが編入し、3年生の授業が始まった頃
ひとつの授業を受け持った教官(N先生)がいた
その授業はコンピューター演習
コマンドラインからのコンピューター操作をこなす授業だった
しかし、学生の間にはPCに対する苦手意識しかなく
理解しようとすることを放棄している感があった
N先生の研究室に配属された先輩方がティーチングアシスタント(TA)として
授業に参加し、先生と質問に対応していたのだが
この対応も冷淡な印象を我々に与えた
毎回の課題提出が条件だったが、数人の理解した学生が
まわりの友人に教え、それが徐々に広まっていくことにより
こなしていたのが実情で、誰もが理解しているとは言い難かった


そして、2学期の計算解析学
N先生と俺による、マンツーマンの授業だった
過去のブログにその頃の状況は書いてある
クラスのみんなは春先の演習の状況、印象により
端から受講する気ではなかった
実際、フォートランによるプログラミング等
非常につらい授業だった
俺がどれだけ大変か、愚痴っていたのも
今思うと、みんなに悪いイメージを植えつけていた
結局、単位取得できなかったし・・・


さらに、学生実験でのX線構造解析
こちらは全員必修
難解な予習をこなさなければ、実験が出来なかった
また、PCの操作が必要不可欠であり
再び、苦手意識が顔を出してくる
加えて、演習と同様、TAが質問に対し冷淡で
非常に聞きづらいという印象を与えた
最後には、N先生のところへ行き、口頭試問をこなさなければならなかった
この実験は他の実験に比べ、終了時間が大幅に遅くなっていた


クラスと研究室(というより研究室の教官)との関係はこれだけである
結局、クラスのみんなにはこの研究室は
冷たい、高度なPC操作が必要不可欠・・・
などの負のイメージしかなかったわけだ
研究室見学も行なわれたが、この研究室の行なっている研究は
蛋白質の構造解析」
という、基礎研究であり、応用性、未来性を感じられないという点も
人気がなかった原因であると思う


そのような中、取られた配属先希望調査
N先生の研究室には第3希望すら1人もいない状況だった


研究室決定のためのテストを行い、配属先希望調査を行なった
このとき一人だけ、この研究室を希望した者がいた
どうして心変わりしたのか、詳しいことは知らない
ただ、これにより1人はこの研究室に決定した


さて、ここで研究室決定のシステムを説明しなければならない
しかし、これに関して学生である我々もよく理解できない面がある
もともと成績順に希望先に配属されるというシステムと理解していたが
教官の話を聞いていると、学生の希望が最優先であり
成績による強制的配属はしたくないというのだ
それは本当に最終的な手段だと
このため、研究室配属決定は難航した
研究室にはそれぞれ必要最低人数、最大許容人数が存在する
N先生の必要最低人数は2名
1人決定しているため、残り1人
この枠が埋まらない限り、すべての研究室配属は決定することが出来ない


成績上位者は希望通り、それぞれの研究室の必要最低人数枠を埋めていく
結局、最低人数枠をあぶれ、最大許容人数の枠に入っている人達の中から
誰か移らなければならなかった(この時に成績が影響していた)
これらの人達は次の日に改めて集められ、話し合いをもつこととなった


この時、俺は6位という好成績であったため「医用生体」の研究室への配属が確定していた
必要最低人数の最初の枠を埋めていたわけだ
このため、次の日の話し合いに参加する義務はなかった
しかし、半年間、1人で授業を受けた先生の研究室
気になって・・・最後まで見届けたかった
だから、俺はその話し合いに出席した


そして開かれた話し合いの場
そこに議論はなかった
みんな、第1希望の研究室を移る気はなかった
意思は強固だった
この時、この中の成績下位者が移動するのならばすぐにでも決定していただろう
しかし、ここでもその強権が用いられることはなかった
場は停滞したままだった


そこで俺が移動することを提案した
「医用生体」の研究室から「蛋白質構造解析」の研究室へ
それは・・・なんというか・・・いろいろ考えた結果だった
元々、高専からこの大学の生物過程に入るきっかけになったのが「医用生体」だった
SFが好きで、さらにサイボーグ医療というものがあることを知った
そこでならそんなことが勉強できるんじゃないか
そんな気持ちで大学を決めた
でも、実際はその研究室でそんな勉強が出来る見込みは薄かった
まぁ、そういう会社への就職の足がかりには一番近かったとは今でも思う


1年間、生物の勉強をして、今まで触れなかったものに触れて
新たなことに挑戦することが楽しかったのも事実だった
この研究室なら幅広い知識が得られるっていうのもあった
解析のための蛋白質を得るため
遺伝子操作、免疫、大腸菌、精製、蛋白質結晶化などの知識と実験的手法
さらに、得られた蛋白質を解析するため
X線構造解析、コンピューター操作などの解析手法
きっと、11ある研究室の中で最もたくさんの知識を得ることが出来るだろうなと思った


そんなのが研究室を決めた理由だと思う
もともと研究室はっきり決まってなかったのも事実
第1希望を「医用生体」にしたのもきっかけだったからってのが本音かも
きっと心はいろんなところにゆらいでたんだと思う
確定してるのに話し合い、参加しないだろうし
わざわざ出向いたってことは心のどこかに移る気があったってことだろう


クラスのみんなのために犠牲になった
っていうのは・・・心の片隅にはやっぱりあるかも(苦笑)
ないとは言い切れないよね
ちょっとくらい、かっこつけてもいいよね・・・
でも、みんなやりたいこと出来るのはいいことでしょ
俺の意思で移動したんだから、みんなが気に病むことはなくて
みんながんばって おれもがんばる


そんな俺の移動により、N先生の研究室の最低必要人数が満たされ
無事、研究室は決定しました
みんな、希望通りに配属されたわけで
めでたし、めでたし
ハッピーエンドさ


これが研究室配属決定の真相
俺が忘れないために書いた、初心